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曜変天目茶碗 国宝 大徳寺 - Google 検索

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国宝 曜変天目茶碗(藤田美術館所蔵)

国宝 曜変天目茶碗(藤田美術館所蔵)

曜変天目茶碗

曜変天目茶碗

井戸茶碗 銘「雨雲」(朝鮮時代 16世紀)

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本阿弥光悦作 黒樂茶碗 銘「時雨」

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志野茶碗 銘卯花墻 日本で焼かれた茶碗で国宝に指定されているのは、本阿弥光悦の白楽茶碗(銘不二山)と、この卯花墻の2碗のみである。美濃の牟田洞窯で焼かれたもので、歪んだ器形・奔放な篦削り・釉下の鉄絵などは織部好みに通じる作行きといえる。もと江戸の冬木家にあり、明治20年代中頃に室町三井家の高保の有に帰した。

志野茶碗 銘卯花墻 日本で焼かれた茶碗で国宝に指定されているのは、本阿弥光悦の白楽茶碗(銘不二山)と、この卯花墻の2碗のみである。美濃の牟田洞窯で焼かれたもので、歪んだ器形・奔放な篦削り・釉下の鉄絵などは織部好みに通じる作行きといえる。もと江戸の冬木家にあり、明治20年代中頃に室町三井家の高保の有に帰した。

写真:黒樂筒茶碗 惺斎追銘「老松」 樂長次郎作 桃山時代 16世紀 なだらかに下へ伸びた線から低く張り出した腰が安定感を与え、その底を大振りの高台ががっしりと受け止めている。 やや不整形な趣きながら、ずっしりとした存在感がある筒茶碗。高台ごと掛けられた黒釉は全体にカセており、正面に降り掛かった灰が鱗形の景色となる侘びた風情。 樂家初代長次郎(?~1589)の、最晩年の境地を示す作と見られる。

写真:黒樂筒茶碗 惺斎追銘「老松」 樂長次郎作 桃山時代 16世紀 なだらかに下へ伸びた線から低く張り出した腰が安定感を与え、その底を大振りの高台ががっしりと受け止めている。 やや不整形な趣きながら、ずっしりとした存在感がある筒茶碗。高台ごと掛けられた黒釉は全体にカセており、正面に降り掛かった灰が鱗形の景色となる侘びた風情。 樂家初代長次郎(?~1589)の、最晩年の境地を示す作と見られる。

志野遠山檜垣文茶碗 銘「山路」 美濃焼 時代 桃山時代 16世紀 志野は、桃山時代の天正・文禄年間(1573~96)頃に美濃で作られた、わが国最初の白い釉のかかった焼きものである。温かく柔らかい感じのする、わが国独特の焼きものとして、多くの人から親しみをもたれている。この茶碗は、百草土と呼ばれる志野特有の柔らかみのある土を用いて、厚手で大振りに挽き上げられている。志野茶碗としては"作意"(創意工夫)のある姿で、腰は高く、見込みが深い。口縁は山の端風に変化をつけ、これに呼応した気分で腰回りに箆目を一条引いている。胴には遠山に檜垣と松を鉄絵具で描き、その上に長石釉を厚くかけている。釉は滑らかに溶けて釉肌に温かみを感じさせ、火色も見えている。内箱蓋表に金粉字形で「志野 山路」と記されている。 時代 桃山時代 16世紀 サイズ 高10.3 口径13.6×12.0

志野遠山檜垣文茶碗 銘「山路」 美濃焼 時代 桃山時代 16世紀 志野は、桃山時代の天正・文禄年間(1573~96)頃に美濃で作られた、わが国最初の白い釉のかかった焼きものである。温かく柔らかい感じのする、わが国独特の焼きものとして、多くの人から親しみをもたれている。この茶碗は、百草土と呼ばれる志野特有の柔らかみのある土を用いて、厚手で大振りに挽き上げられている。志野茶碗としては"作意"(創意工夫)のある姿で、腰は高く、見込みが深い。口縁は山の端風に変化をつけ、これに呼応した気分で腰回りに箆目を一条引いている。胴には遠山に檜垣と松を鉄絵具で描き、その上に長石釉を厚くかけている。釉は滑らかに溶けて釉肌に温かみを感じさせ、火色も見えている。内箱蓋表に金粉字形で「志野 山路」と記されている。 時代 桃山時代 16世紀 サイズ 高10.3 口径13.6×12.0

楽茶碗 長次郎・作 赤楽茶碗 銘「無一物」 red rakujawan by chojirou / 楽茶碗=濃茶

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138 狂言袴茶碗 銘「難波筒」 潁川美術館 後述する雲鶴茶碗の一種で、紋様として丸文の象嵌模様(上の写真真ん中の模様)が入っているものを狂言袴と呼びます。高麗青磁の一種であるので、やはり美しい色合いと独特の模様を持っており、ほかの高麗ものとは一線を画しています。千利休が所持し、細川忠興に与えたという狂言袴「挽木鞘」はそのエピソードとともに大変有名であります。

138 狂言袴茶碗 銘「難波筒」 潁川美術館 後述する雲鶴茶碗の一種で、紋様として丸文の象嵌模様(上の写真真ん中の模様)が入っているものを狂言袴と呼びます。高麗青磁の一種であるので、やはり美しい色合いと独特の模様を持っており、ほかの高麗ものとは一線を画しています。千利休が所持し、細川忠興に与えたという狂言袴「挽木鞘」はそのエピソードとともに大変有名であります。